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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)1118号 判決

原告 株式会社広正社

右代表者代表取締役 武藤欣之助

右訴訟代理人弁護士 高村民昭

被告 田上博

〈ほか二名〉

被告三名訴訟代理人弁護士 菅沼政男

主文

一  被告田上博は原告に対し、金三二四万七三〇〇円およびこれに対する昭和四四年二月一八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告田上トミおよび被告田上ヨシ子は原告に対し、被告田上博と連帯して前項の内金一〇〇万円およびこれに対する昭和四四年二月一八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告田上トミおよび被告田上ヨシ子に対するその余の請求はいずれも棄却する。

四  訴訟費用中、原告と被告田上博との間に生じたものは全部被告田上博の負担とし、原告と被告田上トミおよび被告田上ヨシ子との間に生じたものはこれを三分し、その二を原告、その余を被告両名の連帯負担とする。

五  この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  原告

1  被告らは原告に対し、連帯して、金三二四万七三〇〇円およびこれに対する昭和四四年二月一八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

一  請求原因

1  原告は、広告代理および看板の製造販売等を目的とする会社であり、被告田上博(以下、被告博という。)は、昭和四一年一一月一日頃、原告会社に入社し、総務部員として、売掛金台帳の記帳、売掛金の請求ならびにその一部の取立等の事務を担当していた。

2  被告田上トミ(以下、被告トミという。)および被告田上ヨシ子(以下、被告ヨシ子という。)は、昭和四一年一一月一日ころ原告との間で、被告博が原告会社従業員として、その職務に関して原告に対し損害を与えた場合には、その一切を被告博と連帯して賠償する責に任ずる旨の身元保証契約を締結した。

3  被告博は、原告会社の従業員の職務行為として、昭和四二年五月から昭和四三年八月まで、別紙目録記載のとおり、原告会社ほか九か所において、原告会社従業員佐々木誠一らから受領し、または売掛先から自ら集金して、原告のために保管中の現金、計三一万九七〇〇円、約束手形一通および小切手九通(額面金額合計二九二万七六〇〇円)を前後二六回にわたり、自己の用に供する目的をもって着服し、約束手形および小切手はその支払をうけて、原告に対し、合計金三二四万七三〇〇円の損害を与えた。

4  よって、原告は、被告博に対しては不法行為による損害賠償として、被告トミ、被告ヨシ子に対しては身元保証契約による履行として、金三二四万七三〇〇円およびこれに対する本件訴状送達の日の後である昭和四四年二月一八日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実

(被告トミ)

否認する。

(被告ヨシ子)

認める。

3  同3の事実のうち、目録番号1ないし7、13、17、19、22、24ないし26は否認し、その余は認める。

三  抗弁

1  過失相殺(被告博)

被告博が横領行為を反覆し、かつ、多額の損害を発生させたについては、原告会社総務部長木村正之の被告博に対する監督不十分、会計管理のずさんさに大きな原因があり、右事情は、損害賠償額を算定するにつき斟酌されるべきである。

2  身元保証ニ関スル法律第五条による免責(被告トミ、被告ヨシ子)

(一) 原告会社の会計管理は極めてずさんで、被用者たる被告博の監督に関し、過失のあったことは明らかである。原告会社の監督よろしきを得れば、被告博の横領行為は未然に防ぐことができたか、又は早期に発見されたはずである。

(二) 被告博は、被告トミと母一人、子一人の生活で他に頼るべき知人、親類もなく、就職するためには被告トミの実妹である被告ヨシ子による身元保証が不可欠であった。

単なる会社員で資力に乏しい被告ヨシ子が、被告博には既に同種の前科のあることを知りながら、あえて本件身元保証契約を締結したのは、同人の更生を願う叔母としての情義の発現にほかならない。

四  抗弁に対する認否

抗弁1、2の事実のうち、原告会社の会計管理がずさんで被告博の監督に関し過失のあった事実は否認する。被告博の叔母である被告ヨシ子が、被告博に同種の前科のあることを知りながら、身元保証契約を締結した事実は認める。その余の事実は不知。

第三証拠関係≪省略≫

理由

一  請求原因1の事実および同2の事実のうち、被告ヨシ子が原告との間で本件身元保証契約を結んだ事実は当事者間に争いがない。

二  ≪証拠省略≫を総合すると、被告トミは被告博の実母であって同人と生計を一にしていたのであって、昭和四一年一一月同人が原告会社に就職した事実を知悉しており、身元保証の趣旨についても相応の知識を有していたこと、そして原告会社における被告博の横領の事実が判明した際には、同社の身元保証人としての呼出に応じたうえ、その責任を肯定し、賠償の用意のある旨申出たことがそれぞれ認められる。

≪証拠判断省略≫

右の認定事実および被告博にとって母である被告トミよりも遠い親類である被告ヨシ子が本件身元保証契約締結を自認している事実によれば、被告トミは被告博の原告会社への就職に際し、同人に対し、被告トミが本件身元保証人となることを承諾し、被告博は右承諾に基づき、被告トミの印鑑(使用された印鑑が被告トミのものであることは当事者間に争いがない。)を用いて直接被告トミ名義で≪証拠省略≫に記名押印し、本件身元保証契約を締結した事実が推認される。

≪証拠判断省略≫

三  請求原因3の事実のうち、別紙目録番号8ないし12、14ないし16、18、20、21の各横領行為の事実は当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると同目録のその余の横領行為の事実を認めることができる。≪証拠判断省略≫

右の事実によると、被告博はその横領行為により、原告に対し、合計金三二四万七三〇〇円の損害を蒙らせたものということができる。

四  抗弁1について判断する。

損害賠償訴訟における過失相殺は、発生した損害を当事者間において公平に分配するために行われるものであるからこれにより当事者の一方に不当な利得の生じることを許容するものでないことは言うまでもない。

本件において、仮に、原告会社に被告博が主張するような監督上不行届の点があったとしても(現にこのような不行届のあったことは後に判示するとおりである。)、これを被告博に有利に斟酌し、その損害賠償すべき額を軽減するときは、被告博が自らの不法行為により得た不法な利得を最終的に保有することを許容する結果になるのであって、前記過失相殺の趣旨に反することは明らかである。

従って、被告博の過失相殺の主張はそれ自体失当であって採用することができない。

そうすると、被告博は原告に対し、金三二四万七三〇〇円およびこれに対する右不法行為の後である昭和四四年二月一八日から完済に至るまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

五  抗弁2について判断する。

(一)  (原告会社の会計管理上の過失について)

前示一および三の事実と≪証拠省略≫を総合すると、原告会社においては、商業帳簿の記入整理や請求書の発行に携わる者と、現金の授受および領収書の発行に携わる者とがそもそも画然と分たれていたわけではなく、しばしば両者を兼ねることがあったこと、被告博のような新入社員にも特段の信用調査等を行うことなく、ただちに現金を扱う事務を担当させたこと、従って被告博も就職後ただちに領収証を作成することが許容されていたこと、右のように組織上、その従業員の資質如何によっては比較的容易に横領等の犯罪の発生しうる環境であるにも拘らず、被告博の直接の上司である総務部長木村正之は、同人に対し、格別の監督もせず、単に売掛金台帳の整理を急ぐことおよび得意先に照会することを指令したにとどまり、それ以上に進んで、自ら又は信用できる従業員をして、関係帳簿類の調査、照合を日常行おうとしなかったことは勿論、毎年七月の決算期においても、これを行わなかったこと、そのため被告博が横領行為を反覆していた約一年三か月の間に二回の決算期があったにも拘らずその発見ができなかったことをそれぞれ認めることができる。

これらの事実によると、原告会社の会計管理には、その組織自体、従業員の資質の担保、会計関係帳簿の調査、照合においてその責に帰すべき不備があり、このために、このように長期間にわたる被告博の横領行為が行われ得たというべきである。≪証拠省略≫によると、被告博の横領行為とほぼ時を同じくして、同種の横領事件が発生した事実が認められるが、この事実も右の判示を補強するものということができる。

そうすると、右の原告会社の、被用者たる被告博の監督に関する過失は、相当程度、損害賠償額の算定に斟酌すべきである。

(二)  (身元保証人側の事情)

≪証拠省略≫によると、被告博は母である被告トミとの二人暮しで、他に頼るべき親類縁者がいるわけでもなく、被告博の就職のためには叔母である被告ヨシ子の身元保証が是非必要であったこと、被告ヨシ子は被告博の同種の前科を知っていたので(この点は当事者間に争いがない。)、被告博から身元保証の依頼をうけたとき不安を覚えたが、また同人の更生のために役立つならばと、その叔母としての情から、格別の経済的余裕もないにも拘らず、これを承諾したものであることがそれぞれ認められる。

被告博の右前科につき、被告ヨシ子が原告に告知しなかったことは、≪証拠省略≫により、これを認めることができるが、被告ヨシ子の側から自発的に右事実を告知するときは就職の障害となることは明らかであるから、被告ヨシ子にこれを期待するのはいささか酷である。

また、≪証拠省略≫によると、同女の被告博に対する監督は、たまに注意を促す程度にすぎなかったことが認められるが、これも被告博の年令(≪証拠省略≫により、昭和一四年一二月一一日生と認める。)、および生計を別にしている事実を考慮すると、さほど非難するにもあたらないというべきである。

被告トミについても、被告ヨシ子とほぼ同様の事情を認めうる。

(三)  右(一)、(二)の各事情その他、弁論に顕れた諸般の状況を総合評価し、被告トミ、被告ヨシ子の本件身元保証契約に基づく損害賠償の責任限度額は、それぞれ金一〇〇万円をもって相当と判断する。

(四)  そうすると、右判示の限度で被告両名の抗弁2は理由があるから、被告両名は被告博と連帯して、原告に対し、金一〇〇万円およびこれに対する訴状送達による催告の後であることが記録上明らかな昭和四四年二月一八日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

六  以上の次第で、原告の被告博に対する本訴請求はすべて理由があり、被告トミ、被告ヨシ子に対する本訴請求も右判示の限度ではそれぞれ正当であるから認容し、被告トミ、被告ヨシ子に対するその余の請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 内藤正久 裁判官 佐久間重吉 田中壮太)

〈以下省略〉

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